2025年4月26日 - 5月17日
開廊時間:12:00 – 18:00
日月休廊
*祝日の4月29日(火)、5月3,4,5,6日(土,日,月,火)も開廊いたします。
*同時開催:新城大地郎 個展「赤」
オープニングレセプション: 4月26日(土) 17:00 – 19:00
*作家も在廊しております。
トークイベント: 5月10日(土) 18:00 – 19:30 登壇者:高橋大輔、大浦周 (埼玉県立近代美術館 学芸員)
ANOMALYでは2025年4月26日(土)から5月17日(土)まで、高橋大輔の個展「Open Map」を開催いたします。
高橋(1980年生まれ)はデビュー当初から鮮やかな絵の具が幾層にも重ねられた厚塗りの抽象絵画を数多く制作してきましたが、2016年頃からその作風に変化が現れました。2022年にANOMALYで開催した個展では、自身の子供の絵やオートマティスム*1の影響を受け、チューブから絵の具を直接絞り出し、一筆描きのように一気に描かれた斬新な絵画シリーズを発表しました。その後も試行錯誤を重ね、これまでのキャリアに囚われない挑戦的な試みを続けてきました。本展で初めて発表される「Open Map」は、長い変遷を経て辿り着いた、高橋にとってある種のマイルストーンとなる重要なシリーズです。
本シリーズ制作にあたり高橋は、感覚的に色彩を選択することで失われてしまっている可能性に着目し、印象派の画家たちに倣って「赤、青、黄」の三原色と、そのうち二色を混ぜることで生まれる第一混合色を使用するといった規則を設けて制作に臨みました。そうすることで、各色が本来持つ特徴を最小の介入で最大限に活かし、科学的かつ合理的な色の選択が可能になりました。
また、マスキングテープを多用し真っ直ぐな線を素早く引くといった合理性を、描く行為にも求めました。同時に、一度描いた線を積極的に採用し、上描きはせず、そのまま画面に生かすといった、能動的な態度とは一定の距離を保つ姿勢を徹底しました。作家の内にあるイメージへ向かうのではなく、目の前のキャンバスに広がる現実に抗わず、必要な施しをすることに徹したのです。
さらに「自然を円筒形と球形と円錐形によって扱いなさい」というセザンヌの有名な言葉を、合理的な画面構成の手段だと独自に解釈し、それを採用しました。色彩選択と同様に、感覚的にフォルムを作り上げること、そして自分の目を中心にものを見ることを抑制することで、作家と絵画との間に程よい距離感を作ることができました。
この様にして生まれた「Open Map」シリーズは、支持体から鑑賞者の方へと物理的に迫り来る縦軸の層の構造を成していた厚塗りの作品が、横軸に塗り広げられていく感覚に近いとも高橋は言います。本シリーズがこれまでの厚塗りの作品とは異なり、非常に風通しの良い作品になったことに、作家は手応えを感じています。
「どのように作るか」を重視し、合理化を進めた結果、作品が「開かれ」たこと、高橋という作家を超え(≒「開かれ」)たことが本シリーズの大きな特徴です。
ここで「開かれる」対象となったマップとはいったい何かという疑問が浮かんできます。マップに関して高橋は、自我を手放していくこの制作プロセスによって手に入れることが可能な「俯瞰した眼差し」だと言います。
俯瞰した眼差し、それは非常に日本的な発想だとも言えます。例えば西洋絵画史に長く君臨した一点透視図法は、画面に対し消失点、いわば絶対的視点を必要とする描き方です。一方、日本絵画では長く多視点的で緩やかな抜け感が特徴の作品が発展してきました。最たる例が洛中洛外図屏風のような画面構成で、そこには俯瞰的な多角的視点が存在しています。他にも高橋は、俵屋宗達や浦上玉堂らの仕事に着目し、彼らの大胆な画面構成や、素材の持つ力に表現を委ねる態度を参考にしました。先人たちの仕事を学び、独自に解釈していくなかで、制作をよりシステマティックにしていき、より不自由に、より自我を手放すことで翻って作品は躍動感を増し、自由で開かれた地図として現れてきたのです。実際にこの「Open Map」シリーズは、画面から音楽が聞こえてくるような、心地よい開放感に満ちています。
一方、厚塗りの作品は、「Open Map」を折りたたむ、広がった地図を自分の中に再びしまいこむ、自分のものにするといった感覚で現在も展開を続けている高橋作品の代表的シリーズです。本展ではこの厚塗りの作品も合わせて展示することで、「Open Map」と厚塗り作品の互いの影響関係を皆様に感じていただければと思います。
高橋はアンリ・ベルクソンの言葉を引用して次のように言います。
「目を開いてすぐに閉じる時、私が感じる光の感覚は私の一瞬間に含まれますが、そこには外界に繰り広げられる非常に長い歴史が凝縮されています。そこには次々に継続する何億兆もの振動が含まれています。
その振動を数えようとすれば、どんなに時間を節約しても何千年もかかるような出来事の系列です。」
–アンリ・ベルクソン 「精神のエネルギー」
私はこのベルクソンの言葉が好きで、心底共感している。自身の画業で達成したい事、そして今までやってきたことは、このベルクソンの言葉にあるような「何億兆もの振動の中」、つまりエネルギーの中にいて、翻弄されながらも、それら一つ一つをタブローとして記録し続けることではないかと思いはじめている。言い換えるならば、一点透視図法、つまり西洋近代ごろまでの価値「自分中心に世界を見る」ことではなく、自己がそのまま絵の中に入っていくことだ。
今回の”Open Map”は多かれ少なかれ、アジアの山水画や桃源郷思想、さらに中世イコンの構造に接近しつつある段階だと考え始めている。
高橋が「Open Map」の構想を練り始めてからおよそ9年。何億兆もの振動の中に晒されながら辿り着いた作品を、是非この機会にご高覧いただけますと幸いです。
会期中の5月10日(土)には、埼玉県立近代美術館で2016年に開催され、高橋も参加した「NEW VISION SAITAMA 5 迫り出す身体」をキュレーションし、以来高橋作品の変遷を長年見守ってきた、埼玉県立近代美術館学芸員の大浦周氏をお招きし、トークイベントを開催いたします。詳細は、ArtStickerおよび弊廊のホームページやSNSをご覧ください。こちらも合わせてご参加いただけますと幸いです。
[註]
*1オートマティスム:「自動記述」「自動現象」などと訳される。1924年の「シュルレアリスム宣言」でアンドレ・ブルトンはこの方法を「理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書き取り」とした。
⚪︎その他展示のご案内
2025年6月1日から11月30日迄、今治市で開催されるART SANPOに高橋が参加します。
詳細はANOMALYホームページやSNSで追って告知いたします。
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高橋大輔(たかはし・だいすけ)
1980年 埼玉県生まれ
2005年 東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻卒業
現在 埼玉県を拠点に活動中
画家。デビュー当初より絵の具を幾層にも重ねた厚塗りの作品を数多く制作し、絵画がイメージ以前に物質であることを強烈に示す作品で知られる。2016年頃からは、数字や文字などの記号が描かれた作品が萌芽的に現れ始め、身の回りにあるものをモチーフとする作品へと推移していった。2022年頃からは詳しくは知らない関心のある特定の人物を想像して描く「アシャン」シリーズなど実験的な試みも行う。高橋の絵画への飽くなき探究心は、未だ見ぬ作品に出会える期待に溢れている。
近年の主な展覧会に、「アシャン」(2023年、CADAN有楽町、Art Center Ongoing)、「絵画をやる-ひるがえって明るい」(2022年、ANOMALY)、「約束の凝集 vol.5 高橋大輔|RELAXIN’」(2021年、gallery αM)、「眠る絵画」(2018年、URANO)など。また近年の主なグループ展には、都美セレクショングループ展 2022「眼差しに熱がこぼれる」(2022年、東京都美術館)、「2020年のさざえ堂–現代の螺旋と100枚の絵」(2020年、太田市美術館・図書館)、「NEW VISION SAITAMA 5 迫り出す身体」(2016年、埼玉県立近代美術館)、「ペインティングの現在 – 4人の平面作品から -」(2015年、川越市立美術館)、「絵画の在りか」(2014年、東京オペラシティアートギャラリー) などがある。