2025年11月22日(土)- 12月20日(土)
開廊時間:12:00 – 18:00
日月祝休廊
オープニングレセプション:11月22日 (土) 17:30 – 19:00
トークセッション:11月22日(土)16:00- 17:30
登壇者:西尾康之、平田尚也(美術家)

ANOMALYでは、2025年11月22日(土)から12月20日(土)まで、西尾康之個展「コンパクト化」を開催いたします。前回の個展、西尾康之展「R E M (Rapid Eye Movement)」以来、実に9年ぶりの個展となります。
今回のテーマ「コンパクト化」は、位相幾何学の概念に由来します。位相空間がコンパクトであるとは、所定の性質を満たす解の集合の構造として、より「性質の良い」空間を意味します。あるものが成立する時、SはXを被覆し、連続体として閉じた風船状に存在する場合や、Sの元がすべて開集合である場合には開被覆として壺状の構造を成す、と西尾は説明します。こうした抽象的な概念を、作家は素材として身近な、環境問題の主役でもある「ビニール」という薄い皮膜に置き換え、具体的な造形表現としています。

これまで西尾は幾度となく「皮膜」に関する表現を繰り返す中で、自分自身と環境との接点は体積のない境界であり、世界との関わりは虚ろなものを通じて存在しているといいます。
「陰刻鋳造」や仮想空間での表現など、目に見えるが実体のないものを取り入れる手法は、薄皮一枚の感覚で「造形物」となり、強い存在感を放ちながらも、作者と観客の間に虚無を挟む関係性を表現してきました。
今回のビニールを用いた立体作品は、膜構造を活用した立体作品として制作され、透けて見える内部には膜を支える支柱群が配され、主役に仮の構造を与えています。この方法により、通常の制作物で生じる「完成時に内部構造が隠れてしまうジレンマ」を克服し、完成と同時に内部情報を保持することが可能となりました。膜構造を挟んだ状態での構造と客観の対峙は、西尾にとって新たな表現の場を獲得する瞬間でもあります。

また今回同時に、最近出版された西尾康之の長編小説『不死』*1)の挿絵に採用されたドローイングの展示も行います。

西尾康之は当初、「陰刻鋳造」という独自の造形手法で知られ、立体作品に加え、幽霊画、油絵、インスタレーション、さらには仮想空間での造形など、メディアを問わず自由に表現を展開してきました。
陰刻鋳造とは、指で粘土を押し込んで刻んだ痕跡を鋳造の型とするもので、従来の「肉としての像」ではなく、負の輪郭や残響としての像を鋳造によって立ち上げる手法であり、指の軌跡・流れ・時間が不可視の層として作品全体を「皮膜化」するものです。この手法は、制作過程に刻まれた身体的痕跡を通して、存在を可視化するものともいえます。
代表作に、全長6mの《Crash セイラ・マス》や5mの《ミンスク》などがあり、圧倒的なスケールと存在感で観る者を圧倒します。また、身長50m級の巨大な女性がウルトラマンさながら「正義」の名の下に街を破壊する〈ジャイアンティス〉シリーズの油彩や、霊感に導かれ幽霊への恐怖から逃れるために描かれた現代の水墨幽霊画など、〈エロス〉や〈タナトス〉を主題とした作品群も代表的です。
西尾康之の制作には、常に強烈な内的衝動が貫かれており、その多くは死や喪失への恐怖、そして生きることへの執着に根ざしています。体験や時には妄想から生まれたトラウマを創作へと転換し、自身の存在への不安をセンセーショナルなテーマを通して形にすることで、作品は観る者の感覚に直接響く生々しい力を帯びます。彫刻や絵画は、作家の内面世界と身体感覚が交錯する場であり、観る者を未知の感覚と鮮烈な体験へと誘います。

前回の個展「R E M (Rapid Eye Movement)」では、「死」や「虚無」に対する恐怖と、「生」に対する意思を表現する「彫刻」を、3DCGアニメーションによって発表しました。人物を模したこれらの彫刻は物質として存在せず、コンピュータ・グラフィクスによる数値的造形です。
タイトルの『R E M』はレム睡眠時の急速眼球運動を意味し、作家にとって睡眠は「死と再生を覚え、虚無とのかかわりを象徴する生理作用」として捉えられ、存在と虚無の狭間を主題化したものでした。ヘッドマウントディスプレイを装着した鑑賞者は、現実世界の視界を遮断され、西尾が創り出したヴァーチャルな世界だけを体験します。その結果、鑑賞者はまるで肉体を失った霊魂のように「実存しない」存在となり、作品の中で生と死、実存と虚無が瞬時に入れ替わる体験が展開されました。
かつて一度は「存在不安の果てに彫刻制作を続けてきた私にとって、CGの虚無性は結論そのものであり、CG技術は存在と虚無の狭間に触れる道具としてこそ重要だ」と考えた西尾康之ですが、再び現実空間で虚無を帯びた「皮膜」による実在を展開します。
1967年東京生まれの西尾康之は、1991年武蔵野美術大学造形学部彫刻学科を卒業し、その後の展覧会歴には「Transformー変態ー」(YAMAMOTO GENDAI、2004)、「健康優良児」(NADiff Gallery、2008)、「EXOTICISM」(YAMAMOTO GENDAI、2012)などがあり、人体像を中心に独自の造形手法を発展させながら、多岐にわたる表現を展開しています。
本展「コンパクト化」では、膜構造とビニール素材を通して位相幾何学の概念を具体化し、作家独自の新たな手法と概念を発表いたします。
*1)『不死』西尾康之著、くま書店、2025年
1967年東京生まれ。
武蔵野美術大学彫刻家卒業。2020年度より東京藝術大学准教授。
指で粘土を押す軌跡のみで作った雌型から作品を制作する独自の手法”陰刻鋳造”による立体造形で知られる。
全長5mの戦艦「ミンスク」(2004)や6mの巨大な「Crash セイラ・マス」(2005)など、膨大な作業と規模が圧倒的な存在感を放つ。また水墨画、油彩画等も制作している。
2016年に山本現代にて開催された個展では、ヘッドマウントディスプレイを装着し、3DCGで創られた群像を視覚的に”体験”する「REM(RapidEyeMovement)」を発表した。