涌井智仁
パフフォーマンス 「パラノイド、人生は楽しむものか終えるものか」 2026
個展「God, I, Ego」 オープニングレセプション中に開催いたします。
オープニングレセプション:2026.3.7 (土) 17:00 – 19:00
ANOMALY
*本展には不快な音が流れる作品があります。聴覚に懸念がある方は、ご自身の判断でご入場ください。

パフォーマンス 「パラノイド、人生は楽しむものか終えるものか」 2026
“Think i’ll lose my mind if i don’t find something to pacify.”
(何か心を落ち着けるものを見つけなければ気が狂いそうだ。)
Black Sabbath “Paranoid” 1970
1970年に発表されたBlack Sabbathの2ndアルバム「Paranoid」は、ロックミュージックにおける60年代的なものの終焉を決定づけ、ヘヴィメタルという新しい潮流を生み出した作品です。それまでのロックとは違い、重く暗いリフや低音を強調したサウンドメイキング、そしてタイトルが示すように抑鬱的でドラッギーなギリギリのリリックによって、70年代以降の世界的な狂気を予言しました。
この事件的な楽曲「Paranoid」の抑鬱的な世界はこう結ばれて終わります。
“I tell you to enjoy life, I wish I could, but it’s too late.”
直訳すると「お前は人生を楽しめよ、俺もそうしたいけど手遅れだ」と意味するこのリリックは、「enjoy life(人生を楽しむ)」が「end your life(人生を終える)」に聞こえてしまう、というタチの悪い聴き間違いによって大きな波紋を呼びます。文脈によって判断すれば、どちらも正しいエンディングであるこの二つの終わり方は、1970年という時代の大きな転換点において極めて示唆的な物語を聴衆に提供していると言えるでしょう。世界の大きな進歩に対して取り残されている感覚や、進歩それ自体に対する防衛的な感覚。そしてあらゆる大多数の事が自分とは関係ないはずなのに、あらゆる大多数の事を不断に迫られているような感覚。愛や幸せといった基本的な感情こそマイナーに追いやられ、常に世界全体を勘定にして生きなければいけない事。これらの感覚や事実が、2026年のこの世界においても極めて強い影響力を持って私たちの人生の通奏低音のように響いています。
その後Black Sabbathは75年に「Don’t Start(Too late)」「誇大妄想症」「発狂」といった楽曲が収録された「Sabotage(妨害行為)」というアルバムを出します。元マネージャーとの法廷闘争中に作られたこのアルバムは、原点回帰的でありながら前作から続くプログレッシヴさを追求した作品であると同時に、「Paranoid」の一つの終着点であるようにも思えます。それが「人生を楽しむ」ものか「人生を終える」ものかはさておき。
60年代的な理想主義が破綻し、様々な現実的困難が現れ始めた1970年から半世紀以上経ち、誰もが何かの病気であり誰もが何かのヤク漬けになっているような「ポストドラッグ状況」が全面化したこの世界で、今一度この世界を正しく諦めたり期待したりしたい。その時に1970年のパラノイドが僕の中に降ってきました。もう一度1970年のパラノイドからやり直し、2026年のパラノイドを掴む。そのためにこの数時間があります。
誰もが仮囲いの家を持ち、簡単な安定剤と気軽な信仰によって何とか生き延びている世界の中で、身体を曝しながら、みなさんと2026年のパラノイドについて考えたいです。それが遅すぎたり、妄想であったりしても、とにかく。
涌井智仁
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