Waste Land

2019年3月9日(土) - 4月6日(土)


青木野枝
岩崎貴宏
榎忠
ナイル・ケティング
篠原有司男
高嶺格
立石大河亞
柳幸典
横山裕一


オープニングレセプション: 2019年3月9日(土) 18:00 – 21:00

Gallery hours: 11:00-18:00, 11:00-20:00 (Fri)

© Yuichi Yokoyama

 

さて、わたくしどもANOMALYでは、来る2019年3月9日から4月6日まで、ギャラリーアーティストによるグループ展『Waste Land』を開催いたしますのでご案内申し上げます。

本展では、「Waste Land」をキーワードに、今後ANOMALYで協働していくアーティストとその作品をご紹介いたします。

間もなく幕を閉じようとしている平成時代は、テクノロジーやメディアの革新による発展と社会の激動、また気候変動の時代として、幕を閉じようとしています。

消費税導入、オウム地下鉄サリン事件やライブドア事件など、社会の質の変化をみた時代であり、ウィンドウズ95発売以降の爆発的なパーソナルコンピュータとインターネットの普及と、iPhone登場という技術革新によるモバイル化やSNSがコミュニケーションと世論を一新し、自由とは本来バーターになり得ない自己責任論とアノニマスな圧力を恐れた自己規制など、個人と社会の関係を変えた時代でもあります。

一方で阪神淡路と東日本大震災などの自然災害の多発により、大正期の関東大震災以降の「揺るがない大地」の時代は終わったかのように思われます。また原発事故も、昭和から続いたエネルギー供給の指針を揺るがしながら国民感情を煽り、今なお論争が続いています。

そして世界では、テロへの見えない恐怖が膨満し、国家の枠組みの強化による移民規制や民族・人種問題に及ぶ国民概念の変化や右傾化、また世界的なフェミニズム運動やLGBTQ運動の高まりなど、個人の承認と自由への渇望が、容赦なき超資本主義の渦中で絡み合っています。

平成という時代背景は複雑で収集が容易ではないものの、しかし現在、「Waste Land」という言葉を彷彿させるような時代の「空気」が、こういった社会の変動を表していると、ひとまず大きく括れるだろうと考えます。

本展は、平成を駆け抜けるアーティストたちが感受する時代の空気を意識し、彼らの作品を通じて「Waste Land」の空気の一端を可視化してみよう、という試みです。

「Waste Land」は、T.S.エリオットが第一次大戦後の西洋の混乱と荒廃を、前衛的に謳ったことで知られる代表的な5部構成の詩を彷彿とさせます。詩の中では「語り手」が変化し、その語り口も型破りとされています。その壮大で難解、重層的な構成による時代の空気は、しかしながら荒廃とそこからの解放の可能性を感じさせるものです。

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まず本展でご紹介するのは、国内外で大規模なインスタレーションを展開する柳幸典(b.1959~)の代表作、「バンザイコーナー」と<アントファーム・シリーズ>です。バンザイコーナーは1991年初作で現在も制作されており、『一斉にバンザイするウルトラマンの群像が鏡に反映されることで日の丸のように見えますが、これはポップ・カルチャーと天皇制が溶け合って増殖する現代社会のありようを、最も簡潔明瞭に示した傑作(*1)』と評されています。

次に、アーティストであり漫画家としても評価の高い、横山裕一(b.1967~)による、物語性を排除した人工的かつ近未来的で独特の手法で制作された板絵をご紹介いたします。社会的事件を描いた作品ですが、ポップでフラットに描かれているにもかかわらず、その色彩の深さにより、時代の様相が多様に見てとれる作品です。

また岩崎貴宏(b.1975~)は、東京・GINZA SIXでの展示も好評を得た大型の新作をご紹介いたします。漆黒のファブリックから抜き引いた糸と繊細な手作業で制作された送電線、また大地の活断層を思わせる風景は、エネルギー供給の脈動であり、日本全体を貫く現代の風景の一つと言えるでしょう。

榎忠(b.1944~)は、武器と見まごう立体作品を展示します。これは、神戸の街を都市劇場に見立て集団で銃を持った人々が行進するパフォーマンスで使用された作品です。その平成初期に行われたゲリラパフォーマンスは、その後のテロへの過剰な恐怖や、社会の寛容さの変化により、今では伝説的なイベントとなりました。

高嶺格(b.1968~)による写真シリーズは、様々な人間の葛藤を彷彿させます。 「ダムタイプ」のメンバーとしてのキャリアを持つ彼は、社会システムや集団意識による潜在的な抑圧などを、身体を使った表現で批評的に可視化します。

80年代に彫刻=塊という概念を鉄という素材で切り崩し、昭和、平成と精力的に活動してきた青木野枝(b.1958~)は、鉄でありながら華奢でぐらつきそうな台座と様々な人の手を経た石鹸という異素材を組み合わせた代表作を展示します。その作品の様相と人のような個性を持った様々な石鹸は美しさを超え、ひいては素材としての身体を彷彿とさせます。

そしてナイル・ケティング(b.1989~)は社会システムの中における広義の性、ひいては身体と物質との関係性を問い、思考の遊戯で従来の身体論から大きく飛躍していく作家です。そのヴィデオインスタレーションは、社会の許容力を尻目に、テクノロジーと共に人間の感覚が拡張され続けていることを感じさせます。

また絵画にコマ割りを持ち込んだアーティストとして知られる立石大河亞(b.1941~1998年)は、漫画の手法で時間軸を取り込んだ、世界全体の転覆を思わせる平面作品をご紹介いたします。

そういった一連の問題を「日本の夏1960-64・こうなったらヤケクソだ!」展で知られる巨匠前衛作家・篠原有司男(b.1932~)は、時代を悠々と凌いだ圧倒的な破壊力と思考の無効化を促すボクシング・ペインティング、本来日本が持っていたあっけらかんとした無邪気さで、時代の薄曇りを吹き飛ばします。

是非とも皆様には、展覧会という好機を通じて個々のアーティストの作品や作家性に触れていただきたと思います。

 

 

*1) 現代アートファンのための新・定番 日本のアーティスト ガイド&マップ The All Art Lovers’ Absolute Guide to Contemporary Japanese Artists, 2011.  p. 37. 美術出版社, 東京.